● 荻窪 教会通り てんゆ堂鍼灸院 「日日是好日」●

    
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荻窪 教会通り 恬愉堂鍼灸治療院
臓器同士の会話 1

おはようございます。今朝も氷雨で随分と冷え込んでいます。
何となく体調が良くない”という方に鍼灸治療がオススメです。

さて、現代の最先端医学の世界で、これまでの人体観を覆す巨大な
パラダイムシフトが起こりつつあります。今まで人体のイメージは
が全体の司令塔となり、他の臓器はそれに従うというものでした。
ところが最新科学は、その常識を覆しつつあります。なんと体中の
臓器細胞が放出するホルモンサイトカイン
マイクロRNAなどのメッセージ物質によって互いに直接、
情報をやりとりすることで私たちの体は成り立っているという事実が
明らかになってきたのです。このいわば臓器同士の会話を知ることで、
いま医療の世界に大革命が起きています。

京都大学医学部教授等を経て独立行政法人国立循環器病研究センター
理事・研究所所長などを歴任した寒川賢治氏は脳が出すことが
知られていたメッセージ物質と同じような物質を心臓の心房細胞
も出していることを発見し世界から大注目されました。そのメッ
セージ物質は「ANP」(心房性ナトリウム利尿ペプチド)です。
主に心房合成・貯蔵され、血液中に分泌されるホルモンです。
水・ナトリウムの利尿、血管の拡張、レニン・アルドステロンの
分泌抑制、循環血漿量の減少など多彩な生理作用を介して生体の
体液バランスならびに血圧調整に関与しています。

同様に「BNP」(脳性ナトリウム利尿ペプチド)は主に心室
から血液中に分泌されるホルモンです。強力な水・ナトリウム
利尿作用、血管拡張作用
を有しており、心室に負荷がかかると分泌
され、交感神経系およびレニン・アンギオテンシン系を抑制して、
それらのホルモンと拮抗的に働いて心不全などの病態を改善させます。
           つづく・・・

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扁鵲 「六不治」 2

おはようございます。台風の影響なのか昨夜は強い秋雨でした。
一雨ごとに季節が移り変わっていきます。ハロウィンも近い!!

さて、中国は前漢代(紀元前206年〜8年)の歴史家「司馬遷(シバセン)」
(紀元前145年?〜 紀元前87年?)が編纂した中国の歴史書
史記(シキ)』の中の『列伝』七十巻には『扁鵲倉公列伝
があります。ここに「六不治(リクフチ)」が記載されています。
前文ではいつもと違う兆候を身近な人が気付き直ぐに受診
させるのが大切だと現代でも通用する事を言っています。
今日は「六不治」の内容です。

驕恣不論於理,一不治也
 驕恣理を論ぜざるは、一の不治なり。
 患者驕り高ぶって勝手気ままに振る舞い道理を無視する事。
 医師の言う事を聞かずに自己判断するとも訳せます。
 禁煙、禁酒、適度な運動をすすめても聞き入れないのもそうです。 

軽身重財,二不治也
 身を軽んじ財を重んずるは、二の不治なり。
 身体を軽んじ病気過小評価し金を大切にする事。
 本来、必要な医療費を出し渋る健康<宝石って人がいます。
 米国ではお金がなくて医療を受けられない人も多いのです。
 日本の国民皆保険ってイイ制度っていうかありがたいですね。

衣食不能適,三不治也
 衣食適する能わざるは、三の不治なり。
 衣服食物が病人にとって不適切な事。
 でも短パンTシャツ健康ドリンク毎日飲んだりしていませんか!?
 衣食住の全てを再点検してみるのはどうでしょう。

陰陽併,臓気不定,四不治也
 陰陽并背、臓気定まらざるは、四の不治なり。
 内臓の陰陽の調和が崩れて気が乱れ臓気が定まらない事。
 様々な薬や治療で病態がより複雑化難治傾向となります。
 東洋医学では「心身一如」です。ネガティブ思考に要注意です。 

形羸不能服薬,五不治也
 形つかれて服薬能わざるは、五の不治なり。
 身体が衰弱して薬を服用する事ができない事。
 現代では点滴もありますが、やはり食べられないと衰弱が早いです。
 薬は決まった量を一定期間服用し、必要以上に飲まないのがイイ。

信巫不信医,六不治也
 巫女を信じ医を信ぜざるは、六の不治なり。
 助かる命占い宗教だけを信じ、適切な医療を受けずに
 亡くなる事件がしばしば報道されています。もう21世紀ですから・・・
 検査値画像だけで患者さんに触れも顔も観ない医師
 もいるのも事実ですが暗示に惑わせされてはいけません。

「六不治」の最後にはこう書かれています。
有此一者,則重難治也
この状態が一つのでもあてはまる場合は、病気は治らないか、
あるいは治す事ができても治療は非常に困難である。

現代ではゲノム、遺伝子治療、iPS細胞、再生医療などの最先端医療
が注目されています。日々研究され日々進歩しています。
しかし、その恩恵を受ける世代はもう少し先かもしれません。
病気の多くは生活習慣から来る身近な問題が原因です。
二千数百年前の医者が現代社会に警告を発しています。
結構、現代人にもあてはまるものが多い事に驚かされるでしょう。
古代も現代人もそう人は変わっていないようです。
日々の生活の心がけが「養生」です。これが大切ですね。
いつも楽しく感謝の気持ちで暮らせば死ぬ日まで元気で生きられます。
                 〆

<関連記事>
・扁鵲 「六不治」 1
・『扁鵲心書』 1〜7
・『雙梅景闇叢書』 1〜6
・『肘後備急方』 
・『医心方』 1〜3
・『東医宝鑑』 1・2
・食養生・薬膳1〜6
・曹操の頭痛 1〜6

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扁鵲 「六不治」 1
おはようございます。帰宅途中にフッと香るキンモクセイはイイ感じです。
とても好きな香りですが一昔前はトイレの芳香剤の代名詞でした。

さて、今から2500年位前中国春秋時代(紀元前475年〜紀元前221年)
末期の伝説的な名医「扁鵲(ヘンジャク)」(生没年は不詳。本名:秦越人)。
扁鵲が著したとされる『難経(ナンギョウ)』は古典医書『黄帝内経(コウテイダイケイ)』
ダイジェスト版としての体裁を取り、『黄帝内経』の中の81種の難解な部分
解説する問答形式で編述されています。基礎と臨床における具体的で
実用的な鍼灸の臨床上の問題についても触れています。
そして扁鵲は脈診の名人として名を馳せています。
特に鍼灸の分野で脈診が重んじられる「経絡治療」を行う鍼灸師さん
にとって『難経』は必読書とされています。扁鵲とは(風に乗り舞い踊るかささぎ)
との意味で、一箇所に留まらず各地を渡り往診に次ぐ往診を続ける姿を
重ね扁鵲と尊称されたようです。扁鵲の姿はその名から鵲(カササギ)の姿となり
鍼治療をしたとされています。石図像として今日まで残っています。(下図)

         


中国は前漢代(紀元前206年〜8年)の歴史家「司馬遷(シバセン)」
(紀元前145年?〜 紀元前87年?)は中国の歴史書『史記(シキ)』
を編纂しています。「本紀」十二巻、「」十巻、「」八巻、「世家」三十巻、
列伝」七十巻から成り、「列伝」には『扁鵲倉公列伝
があります。ここに「六不治(リクフチ)」が記載されています。
病に六つの不治があり病気が治らない6つの理由が書かれています。

前文があるので書いておきます。
使聖人預知微,能使良医得蚤従事,則疾可已,身可活也。
人之所病,病疾多;正義曰病厭患多也,言人厭患疾病多甚也。
而医之所病,病道少。徐廣曰;「所病猶療病也。」故病有六不治


要約しますと、「人が病気のかすかな兆候にはやく気付いて、
名医に早くから治療してもらえば、病気は治せるし、
身は活きる事ができる。人が心配するのは病気の多い事であり、
医者が心配するのは療法の少ない事である。
それ故、病気には六つの不治がある」

いつもと違う兆候を身近な人が気付き、直ぐに受診
させるのが大切だと言っています。現代にも通用する事を言って
くれています。     つづく・・・

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・『雙梅景闇叢書』 1〜6
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食養生・薬膳6 『本草綱目』『随息居飲食譜』

おはようございます。今日から1ヶ月間は確定申告期間です。
今月中には行かないと・・・ 問題先送りしてもダメですからね。

さて、代には中医学は更に発達し薬膳に関する研究も
多く行われ食養食治に関する著作が200種近く出版されています。
朱棣(シュテイ)」(1360〜1424)によるとされる
救荒本草(キュウコウホンゾウ)』ニ巻(1406年成)は飢饉の際の
食品植物を収載し編纂されてます。そして薬物方剤学の集大成として
知られる『本草綱目(ホンゾウコウモク)』五十ニ巻(1578年成・1596年刊)
は「李時珍(リジチン)」(1518〜1593)が実地検分して撰著されています。
1,892種類を生薬として採り上げられ食物の性能が記載されています。
本草綱目』は本草学の書物としてだけでなく、食療に関する事も多く収録され
薬膳の発展に大きな貢献を果たしています。その他、「汪穎(オウエイ)」(生没年不詳)
の撰著による『食物本草(ショクモツホンゾウ)』(刊行年不詳)や、
寧源(ネイゲン)」(1522〜1566)の『食鑑本草(ショクカンホンゾウ)』ニ巻
などが刊行され明代には食養、食療、食治などの営養学が発展しています。

中国の代には食養が宮廷だけでなく一般の医師たち
の間でも重視されるようになり、その手法が民間にも普及し始め、
食養や食療に関する著作は多いです。「沈李龍(チンリリュウ)」(生没年不詳)
による撰著である『食物本草全纂(ショクモツホンゾウゼンサン)』
八or十二巻(1691年刊)があり收集食物薬220種にのぼっています。
また詩人食通としても知られる「袁枚(エンバイ)」(1716〜1797)の著述
である中華料理のバイブルとされる『随園食単(ズイエンショクタン)』
(1792年成)があります。食単とは料理メモの事で約300種の料理について、
材料の吟味、調理法、飲食法などを記し、更に酒や茶にまで説き及んでいます。
更に多くの著作で知られる「陳念祖(チンネンソ)」(1766〜1833)の
撰著である『食物秘書』(1820年成)などがあります。
そして温病学派の医家で『温熱経緯』の著者でも知られる「王士雄(オウシユウ)」
(1808〜1868)の『随息居飲食譜(ズイソクキョインショクフ)』
(1861年成)では331種の食療効果がある材料を収録し、
養生と食療の両面で論述し多くの薬膳レシピが紹介されているのです。
その他、「黄雲鶴(オウインカク)」(生没年不詳)の『粥譜(カユフ)』
(刊行年不詳)は粥の専門書で247種の粥が収載され実用価値が高いです。
同じ清代の医家で多くの著作で知られる「費伯雄(ヒハクユウ)」(1800〜1879)
の撰著である『費氏食養三種』は『本草飲食譜』一巻(1850年刊)、
食鑑本草』一巻(1865年刊)、『食養療法』の三部作です。
ここで初めて食養療法という言葉が書名で明確に使われています。

近代では食養はますます重視され、1980年には中国で「薬膳
という新語が登場しています。薬膳が大衆に普及し一般家庭でも季節
に合わせ薬膳で身体を滋養したり、軽い病気を治したりするようになり、
以来、中医学や東洋医学では営養学、食養学、薬膳学は新しい専門
となっています。それにしても様々なものが時間経緯とともに受け継がれ
発展して行っているのですね。食事って日に3度は摂ります。
チリも積もれば・・・ たかが食事!? されど食事。考えさせられますね〜。
歴代の医薬書からみる食養生や薬膳の話でした。      〆

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・食養生・薬膳2 「湯液の発明」・「食医」
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・食養生・薬膳4 『千金方』『養老奉親書』
・食養生・薬膳5 『飲膳正要』『日用本草』
・当帰生姜羊肉湯
・『雙梅景闇叢書』 1〜6
・『肘後備急方』 
・『医心方』 1〜3
・『東医宝鑑』 1・2
・タイ伝統医学 病因論4 「アユ・ソムットターン」

| 東洋医学 基礎講座 | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP -
食養生・薬膳5 『飲膳正要』『日用本草』

おはようございます。今日はてんゆ堂さん誕生日です。
歳を取る度に1年という時間が短くなりますね。ボチボチいきませう。

さて、中国の金・元代は漢民族ではない異民族支配の時代でR。
(キン)」(1115〜1234)は中国北半分を支配した
女真族(ジョシンゾク)」の王朝。「(ゲン)」(1271〜1368)は
蒙古族の「チンギス・ハン」(生没年不詳。1162?〜1227?)の孫で
モンゴル帝国の第五代皇帝に即位した世祖「フビライ・ハン
(1215〜1294)により成立した皇帝政権です。この時代は中国哲学
の学術論争があり経済や科学技術が大いに発展しました。
多くの医家は古人の成果を継承し各自の経験に基づいて
独自の見解を提唱し、特色のある流派を形成して中国の伝統医学
は新たな発展の局面に達した時代です。この時代に発展した
金元医学(キンゲンイガク)」は伝統を継承しながらも、
それにこだわらず革新的な学術的見解を提唱し中医学の
理論と臨床を豊富に発展させました。

「金元四大家」と尊称されている一人の「張従正(チョウジュウセイ)」
(1156?〜1228?。張子和)は攻下派の始祖とされていますが、
食養も重視し『儒門事親(ジュモンジシン)』(1228年頃成)
を著していますし、また金元四大家の一人で「李杲(リコウ)」
(1180〜1251。李東垣)は『脾胃論』(1249年成)の中で、
生命の根本である原気を守り養う為に脾胃の気を補益する事の
重要性を説いています。

元代末期には「飲膳太医」の「忽思彗(ホスフィ/コッシケイ)」(1314〜1320)
がモンゴル、中国、アラブなどの医学に関する豊富な医学知識を通して、
これまでの薬膳についての集大成ともいえる薬膳の原典とも呼ばれる、
中国最初の営養学専門書である『飲膳正要(インゼンセイヨウ)』三巻
(1330年成・明代1456年刊)を撰著し元朝の第十二代皇帝である
文宗(トクテルム)」(1304〜1332)に献呈しています。
多くの薬膳レシピの他、飲食の衛生、薬膳、栄養、食材、禁忌、中毒
とその解毒方法、食べ過ぎの害についても書かれており、
後世の食事療法と薬膳の発展に大きな影響を与えています。
現在の中国でも忽思慧の薬膳メニューは多く用いられています。
『飲膳正要』の特徴として生薬がほとんど取り上げられず食だけが
論じられており、現在でも薬膳書や営養学の貴重な資料となっています。
同じ元代では「呉瑞(ゴスイ)」(生没年不詳)による編著した
日用本草(ニチヨウホンゾウ)』八巻(1329年刊)では日常食物で
疾病の治療の方法が示され、飲食物540種の薬物と食品の効能
毒性などを八類に分類しています。李時珍の『本草綱目』とともに
江戸時代における食物本草学に深い影響を与えたものとして知られています。
                    つづく・・・

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食養生・薬膳4 『千金方』『養老奉親書』

おはようございます。てんゆ堂のある荻窪・教会通り新しく
手打ちうどん」のお店ができるようです。ちょっと楽しみ〜。

さて、代初期には「孫思邈(ソンシバク)」(581?〜682?)により
撰著された『千金方(センキンホウ)』(659年頃成)がR。
営養学の歴史上で「食治篇」を一章として取り上げた現存する
最も古い医学書とされています。食治(食事による治療)という考え方が登場し、
食事療法で治らない場合にのみ薬物治療をすべきであると論じています。
食治に関し4つの構成で果実篇、菜蔬(野菜)篇、谷米(米穀)篇、鳥獣虫魚篇
として記載されています。また同じ唐代に「孟詵(モウシン/モウセン)」(生没年不詳)
により撰著された唐以前の薬膳の大成として、241種の薬物と食物を併せて
記述した中国最初の食治専門書である『補養方(ホヨウホウ)』があり、
その後、弟子の「張鼎(チョウテイ)」(生没年不詳)が87条増補し
食療本草(ショクリョウホンゾウ)』三巻(685〜688年頃刊)と改名し
刊行されています。

北宋代に入り「陳士良(チンシリョウ)」(生没年不詳)による撰著による
食性本草』十巻(934年成)なども著述されています。
また「王懐隠(オウカイイン)」(生没年不詳)らが勅命で編纂した
太平聖惠方(タイヘイセイケイホウ)』百巻(992年刊)には
28種類の疾病に対し、それぞれの食療法が記載されています。
同じ北宋代の勅書である『聖済総録(セイザイソウロク)』
(1111〜1117年頃成)には食療篇が設けられ、様々な疾病に関する
食事療法が詳細に記載されています。更に「陳直(チンチョク)」(生没年不詳)
による食事療法の専門書である『養老奉親書(ヨウロウホウシンショ)』
(1058年成)が撰著されています。231種類の食に関する養生法
説かれており、その内162種は食養生としての食事療法をベースにした治療、
滋養強壮、病気予防について記され体質を考えや漢方薬や飲食物の相性
を考慮した調理法が著されています。      つづく・・・

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食養生・薬膳3 『黄帝内経』『傷寒雑病論』

おはようございます。昨日は今年初めての勉強会に出席しました。
参加した老若男女の鍼灸師さんは皆さんそれぞれガンバっていました。

さて、中国最古の地理書『山海経(センガイキョウ)』(春秋戦国時代末期
(紀元前200年)には成立)という古い時代の中国各地の神話
伝えられている奇書には薬物に関する記載が多く、その中には薬物の
効能効果が明確に示されています。植物薬52種、動物薬67種、
鉱物薬3種、水類薬1種、数種の無分類薬を含む120種以上の薬物
が記載されているのです。『山海経』には植物薬の根、茎、葉、花弁、実や、
動物薬の嘴、翼、足、尾、音など薬用植物、薬用動物の形態が詳細に
述べられており、一部薬物の効能と使用方法についても説明されています。
そして記載された薬物の中で約60種疾病予防に用いられており、
当時から人々が疾病予防を重視していた事が見て取れます。

中国最古の医学書である『黄帝内経(コウテイダイケイ)』
(紀元前206〜8年)には「食養」という単語が初載されています。
また『素問(ソモン)』には(毒薬攻邪,五穀為養,五果為助,五畜為益,
五菜為充
)と摂取食品の配分が著されています。そして中国最古の薬学書
である『神農本草経(シンノウホンゾウキョウ)』(後漢代112年頃に成立)
は「神農」という古代中国の伝説に登場する三皇五帝の三皇の一人とされる
皇帝が百草を嘗めて効能を確かめ、諸人に医療と農耕の術を教えたという
医薬と農業を司る神が著したとされています
。薬効のある植物252種、
動物67種、鉱物46種の合計365種を上中下の三品分類し効能と
使用方法が記載しています。

同じ後漢代の25〜220年頃に「張仲景(チョウチュウケイ)」が編纂した
傷寒雑病論(ショウカンザツビョウロン)』十六巻があります。
漢方薬を学習する人の間で知らない人はいない有名な医薬書です。
この中に収載されている「桂枝湯(ケイシトウ)」はの構成生薬は、
桂枝(ケイシ。シナモン)、芍薬(シャクヤク)、大棗(タイソウ。ナツメ)、
生姜(ショウキョウ。しょうが)、甘草(カンゾウ)です。きっと当時でも
簡単に手に入るような台所の食材を使用しているのが解ります。
甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)」は甘草、小麦、大棗ですし、
当帰生姜羊肉湯(トウキショウキョウヨウニクトウ)」などは
今日の薬膳メニューそのものといった感じですね。  つづく・・・

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食養生・薬膳2 「湯液の発明」・「食医」

おはようございます。今日は建国記念日祝日ですがてんゆ堂
通常診療しています。土曜日の祝日ってちょっと損した感じですか!?

さて、中国の「(カ)」(紀元前2070年頃〜紀元前1600年頃)には、
既に酒醸技術が存在し「殷商(インショウ)」(紀元前17世紀頃〜紀元前1046年)
には農業生産の発展に伴って穀物醸造が普及したと考えられています。
そして食品加工の技術や知識に伴い「湯液(トウエキ)」が発明されていくのです。
伝説によれば殷商代の(紀元前1600〜紀元前1100年)の宮廷の調理長で、
後に宰相にもなった「伊尹(イイン)」(生没年不詳)が治療目的から、
ある程度の医学知識に調理技術や食品加工の経験を加えて、
スープを改良し「湯液」を創始したとも言われています。
「湯液」とは「煎じ薬(センジグスリ)」とも呼ばれ、漢方生薬を水で数十分煮出して
作る液状の飲み薬を指します。薬液を作るた為の生薬も「煎じ薬」と呼ぶ事がR。
そして漢方薬自体を湯液とも呼ぶ場合もあります。
この方法は治療効果も去る事ながら服用しやすく、薬物の毒性を減らす
に優れており、以降「湯液」という服薬方法が受け継がれてゆく事になります。

(シュウ)」(紀元前1046年頃〜紀元前256年)には当時の様々な制度
を記した、儒家が重視する経書『周礼(シュライ)』(紀元前600年頃)があり、
医療制度の記述の中で医師を「食医」、「疾医(シツイ)」(内科医)、
瘍医(ヨウイ)」(外科医)、「獣医」の4つの階級に分けています。
その中でも「食医」を最高の医師とランクづけされています。
「食医」とはもともと皇帝の食事を管理する医師の事で皇帝の体調に
合わせて細やかな食事指導をし、皇帝が病気にならずに
長生きできるようにする事を義務づけられていました。

(シン)」(紀元前778年〜紀元前206年)といえば、
紀元前221年に中国統一を成し遂げると最初の皇帝
始皇帝(シコウテイ)」(紀元前259年〜紀元前210年)が有名です。
1974年には「兵馬俑(ヘイバヨウ)」が発見され始皇帝陵は世界的に
知られるようになっています。また初期の「万里の長城」を築いたのでも有名です。
膨大な富と権力の頂点に立っていた始皇帝は不老不死
を求める「神仙思想」に傾向し、不死の妙薬を求める為に
方士の「徐福(ジョフク)」(生没年不詳。別名:「徐市(ジョフツ)」)を
東の海にあるとされる伝説の「蓬莱山(ホウライサン)」に派遣しています。
この徐福伝説中国・日本・韓国に散在しています。
結果、仙人にも遇えなければ不死の妙薬も手入りませんでした。
一説には手ぶらで帰れば処罰されるので日本に逃げ定住したとか・・・
                       つづく・・・

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食養生・薬膳1 「酒の発明」

おはようございます。日本海側は大雪ですがTOKYO晴天です。
窓越しの温かそうな景色とは裏腹に空気はまだまだ真冬ですね。

さて、一般に現代の「栄養学」は食品を分析し、
その成分や熱量を以って栄養バランス総カロリー量を重視します。
一方、中医学や東洋医学では生命を養う為の食の営みとして
営養学(エイヨウガク)」と言います。「営」には治める、
求める過程などの意味があり、「養」には補養や成長の意味があります。
「営養」とは生命体が生命を維持して生活していく為に体外から
適度な物質を取り入れて成長・成熟・機能を発達する事です。
人それぞれの体質生活環境に合わせた食物摂取により体調を整える
という総合的な考え方です食品の分類は東洋医学独特の概念により行なわれ、
これらの組み合わせにより各食品ごとの効能が決定されます。
古来より「医食同源」や「薬食同源」という言葉があり、
皆さんも一度は耳にした事があるでしょう。
東洋医学では食物と薬物の境界線が明確ではありません
ですから食養生って日々の事ですから「食」は「薬」にも「毒」にも
なりうるのでとても大切な事なのです。

では食養生の歴史の話の前に中国の古代王朝のお話。
古代王朝の「(カ)」(紀元前2070年頃〜紀元前1600年頃)は
中国最古と伝承される王朝です。そして「殷(イン)」(紀元前17世紀頃〜
紀元前1046年)は文献には「夏」の王朝を滅ぼし建朝されたと
考古学的に実在が確認されている最古の王朝です。「商(ショウ)」もしくは
殷商(インショウ)」とも呼ばれます。紀元前11世紀に「(シュウ)」
(紀元前1046頃〜紀元前256)に滅ぼされます。
周代は紀元前1046年頃から遷都して東周となるまでの紀元前771年
の期間です。夏・殷・周を一般には中国史で最も古い3つの王朝を指す
三代(サンダイ)」と呼ばれます。

古代でも段々と人口が増え社会が形成され、消費と生産が行なわれ薬物
に対する認識と需要も増加し、薬草の人工栽培や植物以外の動物や鉱物
の利用も行なわれ、薬物知識も口伝えから甲骨文字書簡へと移行します。
この時代には薬酒の製造や応用がなされていたようです。
酒類は病の予防と治療に効果があり、「」という古い漢字は「醫」であり、
」と「」(酒=酉)が密接な関係にあった事を示しています。
そして人類が農業生産を始め穀物の自然発酵や、
陶器の発明や応用など酒の醸造に必要な条件が揃い、
古典の記載などから少なくとも夏代には既に酒醸技術が存在し、
一説には夏代の「儀狄(ギテキ)」(別名:杜康(トウコウ))という人物が酒を発明
したとされ、夏王朝の始祖とされる伝説上の名君と言われる皇帝である
(ウ)」に酒が献上されたとされています。そして商代には農業生産の
発展に伴って穀物醸造が普及したと考えられているのです。
酒は百薬の長とされ養生や滋養用の薬酒や酒に食物を漬けたりするなど
多彩な利用法が行われました。そして食品加工の技術や知識に伴い、
薬草などのエキスを抽出した「湯液(トウエキ)」(漢方薬)が発明
されていくのです。

1971年に中国は湖南省・長沙市の東郊にある「馬王堆(マオウタイ)」のという
墳丘で前漢初期(紀元前193〜168年)と思われる王侯墓の3つの集合が
見つかっています。1971年〜1974年にかけて発掘調査が行われ、
馬王堆三号漢墓から多くの副葬品と共に現存していない紀元前
の医学書が大量に出土しました。被葬の医学書の総称で
馬王堆医経(マオウタイイケイ)』というのがあります。
著者・編者・成立年代などは不詳で、「帛書(ハクショ)」(絹に書かれたもの)11種、
竹簡3種、木簡1種が出土していいます。現存する最古の中国医学文献
字体から少なくとも紀元前の戦国時代から秦代末期〜漢代初期のもの
とされています。その中には戦国時代(紀元前403年〜紀元前221年)
に成立したとされる処方集『五十二病方(ゴジュウニビョウホウ)』
があり酒で外傷、咬傷、痔、皮膚病などを治療した記述があります。
                       つづく・・・

<関連記事>
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・お屠蘇 1・2
・ニンニク酒
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痺証 5

おはようございます。気が早いてんゆ堂さんは年末恒例の院内スリッパと、
タオル新品に交換しました。ちょっと気分もリフレッシュです。

さて、「痺証(ヒショウ)」のお話の続きです。
「痺証」とは風・湿・寒などの外邪が身体を侵入し経絡の閉阻し、
気血の運行を滞らせます。筋肉痛、関節痛、しびれ、
重だるさ、関節の屈伸障害、関節腫大、熱感
・・・
そこで根本治療できる東洋のお薬である漢方薬の、
関節痛や神経痛に有効なモノがあるのでご紹介しましょう。
勿論、かかりつけの医師に相談して下さい。
また下記の漢方薬は目安ですから必ず専門の方に伺ってからに下さい。

●「薏苡仁湯(ヨクイニントウ)」
 これは「湿痺」に適応します。常に同じ部位の筋肉痛・関節痛があり、
 四肢が重だるい疼痛やしびれ痛い、また軽い浮腫、関節腫脹や、
 関節水腫(関節に水がたまる)がある場合などに用いられます。

●「二朮湯(ニジュツトウ)」
 これは「上半身の湿痺」で神経痛頸肩腕症候群、
 肩関節周囲炎
(五十肩)、手首や手指の関節が痛む、
 関節リウマチ
などに汎用されます。

●「疎経活血湯(ソケイカッケツトウ)」
 これは「風湿痺」である四肢のしびれ痛み遊走性の痛み
 軽度の浮腫、関節の運動障害などの症状に、皮膚につやがない
 しびれ感などの「血虚」の症状を呈するものに用います。

●「桂枝加苓朮附湯(ケイシカリョウジュツブトウ)」
 これは江戸時代の著名な医師である「万病一毒説」の提唱者である、
 「吉益東洞(ヨシマス・トウドウ)」が著した医書である「方機(ホウキ)」に収載
 されている薬方です。「寒湿痺」による関節痛、神経痛に効果
 があり、感冒初期の悪寒、発熱がある場合に適応となります。 
 感冒の初期での節々が痛い場合は「麻黄湯(マオウトウ)」がイイ。

●「麻杏薏甘湯(マキョウヨクカントウ)」
 これは「風湿の表証」で頭痛、頭が重い、軽度の悪寒、微熱、
 腰や背中あるいは全身のしびれ痛みとだるさ、運動障害などの症候がある
 場合が適応です。急性期の関節痛にも用いられます。

●「治打撲一方(ヂダボクイッポウ)」
 打撲捻挫などによる関節痛にはコレです。
 この状態を「熱痺(ネッピ)」と言います。
 「熱邪(ネツジャ)」が経絡を阻滞し局所の関節の疼痛、熱感、発赤
 腫脹が特徴で触れると酷く痛みを訴えます。
 打撲などによる関節の急性炎症などが当てはまる病証です。
 また、「風・湿・寒邪」などが長期間うっ滞した結果、
 化熱して生じる場合も割合に多いです。冷やすと痛みは軽減します。
 熱症状が診られ咽頭痛、発熱、口渇、多汗、煩躁、小便は黄色で少量です。
 脈象は「(濡)」などで、舌診では「黄膩苔(オウジタイ)」が診られます。
 鍼灸治療では「清瀉熱毒」として「大椎」、「曲池」には点刺放血
 する「皮膚刺絡(ヒフシラク)」を行うのも熱症状を取るには上策です。

その他、鍼灸治療には「経筋(ケイキン)」という概念があります。
例えば、膝痛の場合、患側の足背の胃経榮穴兪穴
特異な圧痛を認めれば、「皮内鍼」で固定する
経筋治療」などもあります。コレが著効をあげるケースも割合に多い。

日本に持ち込まれた鍼灸や漢方薬などの東洋医学は、
既に1500年以上続き長い臨床経験で有益性が高いので現存しています。
なかなか治らない場合は近くて遠い!? 東洋医学をお勧めします。  〆

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・痺証 3
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